お風呂の歴史≪お風呂の雑学≫ お風呂、バスライフについていろいろな角度から情報発信します
■浴室・洗面・トイレ> 浴室、浴槽 ■浴室> ユニットバス
オレの風呂倶楽部 | ||||||||||||
|
お風呂、バスライフについていろいろな角度から情報発信しますお風呂の歴史≪お風呂の雑学≫
「お風呂づくりの情報誌」 なら 「オレの風呂倶楽部」へ! 世界のお風呂
世界中にはどんなお風呂があるのだろう。それはどのような目的でお風呂に浸かるのか。 歴史的な観点からお話ししようと思います。 1、古代ギリシャ・ローマの風呂
都市文明の産物としての「風呂」といえます。これは、単なる風呂にとどまらず、様々な機能と組み合わされることになります。 ■メソポタミア 紀元前4000年末頃のシュメール人のお風呂 都市「ウルク」の神殿群のなかに給排水施設を施した沐浴室が見つかっています。 これは、「浄め」の為に使用されたと考えられています。 紀元前3000年頃 エシュヌンヌ宮殿では、沐浴室が5か所見つかっており、その中には王が私的に使用したと思われるものもあり、トイレと併設されている。 紀元前1700年後半 ジムリ・リム王の宮殿では王が用いたと思われる、二個の浴槽とその浴槽とその浴槽への給水の為と思われる大きな壺が見つかっています。 同様の風呂は、有名なクレタ島のクノッソス宮殿の女王の部屋でも見つかっており、ここでは、テラコッタ製の浴槽があり、浴槽の置かれていた部屋には排水施設が設けられており、隣の部屋には水洗のトイレが作られていた。 これらを見ると、もともと、宗教上の沐浴から個人用の沐浴室が現れ、そして、浴槽が用いられるようなったのが分ります。 ■古代ギリシャ 古代ギリシャでは、二つの系譜のお風呂が存在し、一つは「パラネイオン」と呼ばれるもので、上流階級の人々が用いる個人用のものと、女性が利用する公共的なものが存在した。 これは、バスタブの中に座り頭から温湯をかけてもらうものです。 もう一つは、「ギムナウシム」と呼ばれるものであり、「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」という考えのもと、この中にも、水浴する為の部屋が設けてありました。 この部屋がのちに壁で囲まれた部屋になり水が引かれ、上部から水が出るようになっていた。 これが、シャワーの起源は、ここにあります。 ■古代ローマ 古代ローマの浴場はギリシャの影響を受け発達します。古代ローマの浴場は2種類があります。 「バルネア」:風呂一般を示し、ギリシャ「パラネイオン」を引き継いだもの。 「テルマエ」:市や州が所有者で、記念碑的な巨大な建造物で一般の市民に開放された浴場。 ここでは「テルマエ」について述べます。 一番古いものは、アグリッパの大浴場。 長さ120m程度、幅100m程度の巨大なもので、紀元前26年頃建てられ5世紀まで利用されていた。 次に現れるのがネロの大浴場。紀元64年に落成式が行われたもの。窓も大きくなりガラスも用いられるようになる。
2世紀になるとトラヤヌスの大浴場が作られる。 2、産業革命でヨーロッパにお風呂が復活
産業革命により、都市化が進むと同時に衛生面から見ると都市は不潔の象徴となり病気にかかる人が多かったらしい。 そこで、衛生という概念が生まれ、下水道の整備に繋がっていくのです。ここで、時代の流れに乗ったんですね、お風呂は。 人間清潔にしなければ。という発想です。中世以来続いていた、病気治療法の一つとして風呂の復活です。 この時期、ふたつの外来風呂が持ち込まれました。「ロシア風の蒸気風呂」と「トルコ風呂」。 このふたつのお風呂は、ヨーロッパで広く一般に普及するには至らず、様々な風呂が登場するんですね。 もう、衛生と健康の保持のため、いまや過去にキリスト教に弾圧されたお風呂ではありません。 これ以後、いろいろな形・用途のお風呂が、百花繚乱の様に咲き乱れます。詳細は、次回に。 ご注文/お問合せ/カタログ・資料請求
神奈川県の 「お風呂づくりの情報誌」 なら 「オレの風呂倶楽部」へ!
| |||||||||||
|
ヘルプ | 403について | 403でビジネス | ||
住まいのオーダーメード館403とは 注文・お問い合わせについて メールマガジン登録・解除 サイトマップ |
企業情報 403新宿ギャラリー 社長のブログ 新宿御苑前のオーダー建材ショールームスタッフ日記 |
住まいのオーダーメード館403 出店用ガイド 「つくる・売る」研究会 403出店 資料請求 無料リンク集登録(工務店・設計事務所等) |