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源氏物語の頃の衣食住―1

今年2024年のNHK大河ドラマは、源氏物語を書いた紫式部が主人公の「光る君へ」です。
ということで、今年のコラムは紫式部が描いた源氏物語の頃の衣食住を、衣は色で、食は当時の食など、住は寝殿造を中心に、お伝え出来ればと思っています。

源氏物語の色―紫式部の紫

今年2024年のNHKの大河ドラマ「光る君へ」の原作は、平安時代中期の11世紀初めに書かれた日本最古の長編小説「源氏物語」です。
王朝文化が花開いた時代の貴族社会を、優美に、且ついきいきと描いた、日本を代表する古典文学で世界的にも有名な作品です。
この「源氏物語」の作者が「紫式部」といわれる女性です。
優れた漢学者で詩人でもある中流貴族だった藤原為時の娘の紫式部は、漢文を読みこなし和歌にも秀でた子どもだったようです。
長じて年の離れた藤原宣孝と結婚し、一女をもうけますが、ほどなく夫と死別します。
その頃に書き始めた「源氏物語」は次第に評判になり、藤原道長に求められ、道長の娘の中宮彰子のもとに出仕することになります。
この時、彼女が女房として朝廷に上がる際の名前は「藤式部」でした。
この「藤式部」という名称は、姓が藤原で、父がかつて式部丞だったことからつけられたようです。

その「藤式部」が「紫式部」と呼ばれるようになったのは、まさに彼女が書いた「源氏物語」が由縁です。
なぜなら「源氏物語」は「紫の物語」とか「紫のゆかり」などと呼ばれるほど、「紫」という色が核となっている小説だからです。
今は何でも簡単に安価に色を付けることが出来ますが、千年前には色は繊維を染料で染めて生まれるものでした。
その染料の中でも最高のものが、紫色を染め出す紫草の根でした。
紫草は希少で高価な上、染めるのも非常に手間がかかりました。
そのため、紫色は高位の貴族しか身に着けることが出来なかったので、より高貴で人々が憧れる色となりました。
その紫色で染められた布や紙は、他のものを重ねるとうっすらと色移りしていきます。
知らず知らずのうちに近くにあるものをその色に染めることから、紫は「ゆかりの色」と呼ばれるようになり、「紫の縁(ゆかり)」は、愛しい人や縁故のある人や物をあらわすことになりました。

先に源氏物語は「紫の物語」や「紫のゆかり」とも呼ばれると書きましたが、正に紫は源氏物語の主要な登場人物のイメージカラーとして物語が描かれます。
源氏が最も愛したとされる一番のヒロインの名前は「紫の上」です。
又、源氏の母で早世した桐壺更衣の名の桐の花は薄紫色です。
そして、桐壺に似ていることから慕い続けた藤壺中宮の名の藤の花も紫色です。
「藤式部」はまさに源氏の「紫のゆかり」の物語を紡いでいくうちに、人々から「紫式部」と呼ばれるようになったのです。

源氏物語の頃の食生活―貴族と庶民の食

源氏物語は54帖に渡る長編小説ですが、衣類や住まいの描写に比べ、食事や食べ物の記述は少ししかありません。
それでもいくつか食事の場面が出てきます。
「御粥、強飯召して、客人にもまゐりたまひて」(末摘花)、「御粥、強飯などまゐりてぞぞ」(東屋)、「御粥などまゐる方に目もやらず、」(若菜下)、などに、「御粥」、「強飯」などがあり、貴族の主食が米の飯であることがわかります。
ただ、当時の飯は、今のような柔らかいご飯ではありません。
粳米を蒸したのが「強飯」、「固粥」が今でいうご飯、「汁粥」が現在のお粥、という感じでしょうか。
「いとあつき、東の釣殿の出て給て涼み給ふ。おほみきまいり、氷水召して水飯など、とりどりにさうどきつつ食ふ」(常夏)。
ここに強飯に水をかけて頂く「水飯」が出てきます。
当時はまだお茶がないので、強飯に水をかけて食べていて、今のお茶漬けの冷製バージョンといえましょう。
ところで、この水飯の水、水は水でも氷水とあります。
冷蔵庫などない時代、夏に氷を使うには、冬の間に出来た氷を氷室で大切に保管しておかなくてはなりません。
その非常に貴重な氷を使った水飯で涼をふるまえることから、源氏の権勢が偲ばれます。
当時の光源氏をはじめとする上級貴族は、地方に荘園を持っていたので、そこから租税として都に送られる食料を食べていました。
米をはじめ、全国の特産品や山海の珍味が彼らの食卓に並んだと思われます。
反して庶民の食生活は、貴族に比べ質素なものでした。
稲作は天候に左右されるし、税として供出せねばならなかったので、庶民の主食は麦や粟、稗などの雑穀が中心でした。
食事の回数は朝と夕方の一日2回が基本で、現在のように一日3食になったのは、江戸時代中期以降といわれています。

源氏物語の頃の住まい―寝殿造

源氏物語の頃の貴族の住まいは、「寝殿造」といわれる豪華で開放的な建物です。
一般的には主人が暮らす「寝殿」と呼ばれる「主殿」が中心にあり、「寝殿」の東西や北側に家族が暮らす「対屋(たいのや)」が配置され、「渡殿(わたどの)」と呼ばれる渡り廊下で繋ぎました。
南側には池をはじめ、趣向を凝らした庭を作りました。
寝殿造にはほとんど壁や仕切りがなく、開放的な作りで、必要に応じて、開閉式の建具や御簾で風雨を避け、屏風などで間仕切りをしました。
「寝殿」や「対屋」は、主人や家族の住まいというだけでなく、貴族たちと深く関わる儀礼や行事などの場ともなりました。
庶民はといえば、地方の農民はまだ竪穴式住居のこともありましたが、京の都に住む庶民は、掘立小屋程度ですが、平地に建てた家に住むようになりました。

再び風呂敷防災頭巾

今年は元日に令和6年能登半島地震が起こり、沢山の被害が出て心よりお悔やみ申し上げます。
以前、ご紹介しましたが、再度、風呂敷で出来る防災頭巾をご紹介します。
とっさの時に一番大切な頭を守るヘルメットや頭巾があるとは限りません。
風呂敷があれば、タオルや雑誌を包んで頭に巻けば、簡易ですが防災頭巾が出来るので、それを被って逃げてもらえればと思います。
結ぶときは必ず「真結び」で結んで頂ければ、解けることなく動けます。


1分で出来る「ふふふふろしき~真結び」


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つつみ純子
お茶の水女子大学卒/風呂敷文化研究家/和文化コンシェルジュ/エコ・クッキング・ナビゲーター/福祉住環境コーディネーター2級/NPO法人徳育と人間力育成研究所アドバイザー
「日本の伝統文化を身近に再発見する」をキーワードに、風呂敷を通して、日本人の知恵や文化をお伝えしています。
又、日本古来の「年中行事」や「四季のしつらい」、「伝統食育」など、日本の生活文化を伝える講演やワークショップも展開しております。
2011年には国際交流基金からポーランド・グルジア等に派遣され、文化交流事業の風呂敷講師として、大学・政府関係機関などで風呂敷講座を行いました。
国内のみならず海外の方々へも、風呂敷を通して日本文化と日本の心をお伝えして参りたいと思い、 オリジナル風呂敷「ふろしきぶる風呂敷」と「つつみフロシキブック」を製作しました。
2020年東京オリンピックでは「大江戸オリンピックは風呂敷でおもてなし」を提唱しています。
また研究し纏めてきた「ふろしき学」が、2015年より都立で単位認定のある授業に採用され、実施しております。
学校教育の中でも、ふろしき文化をこどもたちに伝えていきたいと思っています。
「ふろしきぶる風呂敷」を活用した風呂敷文化の普及及び販売が、東京都中小企業振興公社の支援を受けることになりました。


□URL http://www.furoshikible.com/
□blog http://ameblo.jp/11264ki/
□Facebook https://www.facebook.com/junko.tsutsumi.332


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