日本の浮世絵を楽しむ12 幕末・明治・近代の版画
幕末明治の浮世絵師 月岡芳年

幕末から明治にかけ、「最後の浮世絵師」と呼ばれ、独特な作風で人気を博したのが、月岡芳年です。
芳年は当時の人気浮世絵師だった歌川国芳に12歳で入門し、22歳頃から本格的に活躍しはじめます。
初期は勇壮な武者絵や、凄惨な場面を描く無残絵を描き、「血みどろ芳年」と呼ばれました。
中期以降は、浮世絵だけでなく絵画の画法を熱心に学び、熟達した独自の画法と豊かな発想で、役者絵、美人画、逸話や故事などを題材にした歴史絵、幽霊・妖怪などの絵を多数生み出しました。

月岡芳年「玉兎 孫悟空」

月岡芳年「芳年武者无類 畠山庄司重忠」

月岡芳年「むさしのゝ月」
浮世絵の衰退と新版画運動
日清・日露戦争後には、写真技術が伝わったり、安価な石板画や銅版画も普及し、浮世絵師は次第に挿絵画家などへ転向し、浮世絵は衰退していきます。
これを憂えたのが渡邊庄三郎で、明治38年(1905年)に摺師と彫師を雇用して版元を興し、新版画運動を興します。
新版画の制作方法は木版浮世絵とほぼ同じですが、制作の目的や意図には大きな違いがありました。
浮世絵は、世相を反映した情報媒体で、その時代の庶民の為の娯楽でもあり、まさに誰もが気軽に楽しめるエンターテインメントでした。
それに対して新版画は、海外での販売も視野に入れ、創作性や芸術性の高い作品を目指したものでした。
その結果、新版画は芸術性が高く、日本文化がより強調されたものとなりました。
渡邊庄三郎と新版画の作家たち
新版画を興した渡邊庄三郎が最初に組んだのは、オーストリア人のフリッツ・カペラリでした。
カペラリとのコラボに手ごたえを感じた渡邊は、次々に画家たちに声をかけていきます。
それに応え、チャールズ・バートレット、エリザベス・キース、橋口五葉、伊東深水、川瀬巴水、名取春仙、山村耕花、小原古邨などが新版画に参画していきます。
彼らは外国人だったり洋画家だったりしましたが、新しいジャンルに挑戦する柔軟さや、従来の伝統を乗り越えようとする気概のある作家たちで、新しい版画を生み出しました。

川瀬巴水「桜田門」(1928)
新版画の代表的な三人
新版画の代表的な三人の日本人版画家といえば、川瀬巴水、伊東深水、吉田博と言われています。
「川瀬巴水」
巴水は日本各地を旅し、美しい景色を叙情豊かに精緻に、鮮やかな色彩表現で描きました。
その詩情あふれる画風から、「旅の版画家」や「旅情詩人」などと呼ばれます。
巴水の作品は、浮世絵の伝統と近代絵画の写実的な表現を融合させた独自の芸術として、国内外で多くの人を魅了しています。
「伊藤深水」
伊藤深水は、浮世絵歌川派の正統を継ぎ、優美な筆致と華やかな色彩で女性美を描いた美人画家です。
深水は一貫して女性美を表現しましたが、それは単なる理想の女性像ではなく、時代時代の流行や風俗を反映させ、まさにその時を生きた女性の美しさを描いたのでした。
浮世絵の伝統を受け継ぎつつ、その時代の空気感をまとう女性を、流麗な描写と艶やかな色彩で描いた深水は、美人画の名手として高く評価されています。
「吉田博」
吉田博は、青年期にはすでに描写力が完成していたと言われ、国内のみならず海外を渡り歩き、多数の洋画を描きました。
44歳の時に渡邊庄三郎と出会い、版画家に転向し、日本の伝統的な木版画に洋画の写実的表現を融合させ、独自の木版画を作り出しました。
国内海外を問わず、毎年のように名峰を踏破して山岳風景を描いた吉田は、「山岳画家」と呼ばれました。
また、海外渡航が多く、滞在歴も長い吉田は、世界各地の旅情あふれる風景も描き「旅する画家」とも言われました。

吉田博「スフィンクス」(1925)
現代の版画と版画家たち
主に明治・大正時代以降に伝統的な浮世絵の分業制に対し発展した「創作版画」や、現代の技法を取り入れた新しい版画作品を「現代版画」と呼びます。
西洋の絵画技法や高度な技術を取り入れ、作家の個性が強く反映されているのが特徴です。
力強い線と大胆な構図が特徴の棟方志功は、木版画の特性を活かした「板画」と称する作品を制作し、黒一色の木版画に裏から彩色する「裏彩色」という独自の技法も生み出し用いました。
現代版画では従来の木版画に加え、銅版画、リトグラフ、シルクスクリーンなど様々な技法が用いられ、それぞれ異なる表現も可能になりました。
有名な現代版画家としては、代表的なモチーフが水玉の草間彌生、シャープな線描と色彩豊かな銅版画の池田満寿夫、スーパーフラットをコンセプトとする村上隆、などがいます。
そして令和の今、江戸時代の浮世絵も、新版画も現代版画も改めて見直され、再評価されています。
また現代の版画家のみならず、伝統木版画の表現に魅了された様々なジャンルのアーティストやクリエイターたちが、現代の絵師として新たな取り組みをして活躍しています。
江戸から現代へ、現代から未来へ、浮世絵の伝統は様々な革新を経ながらも、続いていくのでしょう。
草間彌生の風呂敷「花咲ける妻有」(大地の芸術祭限定デザイン)
